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一つ前の記事を書いていて、ふと思い出した短編小説がある。

村上春樹の『沈黙』だ。


主人公の大沢は、頭はいいが薄っぺらい人間の青木という男を中学二年の時に殴ってしまう。

それをずっと覚えていた青木は、高校三年になって再び同じクラスになった時、大沢に復讐する。

クラスメイトの死をさも大沢が原因のように触れ回り、教師をはじめクラスメイト全員が大沢を無視するように仕組んだのだ。

落ち込んで食欲もなくなり、眠る事さえできなくなった大沢だったが、ある日を境に元気を取り戻す。


その元気を取り戻したきっかけが何だったか思い出せなくて、『沈黙』を読み返してみた。

すると、大沢は地獄のような日々が始まってから一ヶ月ほどした頃、偶然満員電車の中で青木と顔を合わせる。

ろくろく眠っていない大沢はひどい顔をしていて、青木はざまを見ろと言わんばかりの目で大沢を見る。

そしてにらみ合いが続く。

そのうち大沢の中に、不思議な感情が湧き出してくる。

その個所を書き写してみる。


「でもその男の目を見ているうちに、だんだん不思議な気持ちになってきたんです。

 それはこれまでに感じたことのない感情でした。

 もちろん僕は青木に対して腹を立てていました。

 時には殺したいくらい憎んでいました。

 でもその時、満員電車の中で僕が感じたのは怒りとか憎しみよりは、むしろ悲しみとか憐れみに近い感情でした。

 〈本当にこの程度の事で人は得意になったり、勝ち誇ったりできるものなのか? これくらいのことでこの男は本気で満足し、喜んでいるのだろうか? 〉

 そう思うと、なんだか深い悲しみみたいなものを感じたんです。

 この男にはおそらく本物の喜びや本物の誇りというようなものは永遠に理解できないだろうと思いました。

 体の奥底から湧き上がってくるようなあの静かな震えを、この男はきっと死ぬまで感じることはないのだろう、と。

 ある種の人間には深みというものが決定的に欠如しているのです。

 何も自分に深みがあると言っているわけじゃありません。

 僕が言いたいのは、その深みというものの存在を理解する能力があるかないかということです。

 でも彼らにはそれさえもないのです。

 それは空しい平板な人生です。

 どれだけ他人の目を引こうと、表面で勝ち誇ろうと、そこには何もありません。」


そんな感情を抱いた大沢は、青木の事なんかどうでもよくなった。

青木とのにらみ合いにも勝った。

そして残り五カ月の高校生活を、沈黙の中ででも負けずに過ごした。


だがそういう過酷な経験をした大沢は、青木のような人間ではなく、そんな人物に踊らされる周りの人間に恐怖を覚えてしまう。

沈黙し、顔をもたない、他人の意見に踊らされて集団で行動する連中・・・そんな人間たちこそが本当の恐怖だと。


そんな趣旨の話だったが、自分を主人公に置き換えてみると、彼女が青木という事になるな。

で、残り友人二人が顔の無い連中という事になる。

本当の恐怖は、その顔の無い連中という事か(苦笑)。


実際、攻撃してきた彼女との付き合いは、今一切ない。

が、友人二人との付き合いはまだある。

部の集まりに出たとして、顔の無い連中が私を擁護してくれる可能性は限りなく低い。

彼らは強い方に流される人達なのだから。

やはり行くべきではないな・・・。


『沈黙』を読んで、見える敵をどう考えたらいいか、そして見えない敵はどこにいるのか教えてもらいました。
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プロフィール

Author:月野
現在、病気療養中の四十代の女性。
最近少し忙しいので、あまり記事も書けないし、コメントの返事も遅くなるかもしれません。
ですが、過去の記事にコメントいただけるのは嬉しいので、歓迎しています。

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