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遠藤周作という作家名を聞くと、バリバリに硬い純文学のイメージがあるのだが、この作品はまるで赤川次郎のような大衆文学風の作品である。

ハンセン病という重い題材をも扱っていながら、読みやすい事この上ない。

主人公の男・吉岡は、ミツという女を抱いておきながら、ミツの体形やミーハーな趣味に嫌気を感じていて惚れる事はない。

そのくせ自分の結婚が決まり、赤線で遊ぶ事ができないような境遇になると、急に体目当てでミツに連絡を取る。

その時、ミツから自分がハンセン病であるかもしれないという事を告げられると、移っては大変とあいさつもそこそこにその場を離れる。

全くひどい男もいたものだ。

(でもこれが、普通の男性の一般の行動なんだろうと、読んでいて思わせる。)

話が高尚になってくるのは、それから後。

実はミツはハンセン病ではない事が分かり隔離施設から帰されるのだが、またその施設へ戻って行って、病人たちのためにその一生を捧げるのだ。

吉岡はミツの死後、手紙によってその事を知るのだが、まあここがこの作品のクライマックスだろうな。

あまり美しくもなく、趣味も俗っぽく、男性から見たら何の魅力もないようなミツの中に、誰よりも神々しい精神が宿っていた。

それが何よりも、この作品をただの大衆文学から、一段格上げしているような気がする。

題名の『わたしが・棄てた・女』という書き方から、吉岡の胸にも、ミツに対する心の疼きがあるのだろうと感じられる。

読みやすかったせいか、そんなことまでよく覚えている作品でしたね。


さて話は少し変わって、この作品の中に出てくる病気に関係する話。

昔の文学をよく読んでると、"らい"というとても恐れられる病気が結構出てくる。

体が腐り、空気伝染すると信じられていたため(実際には空気伝染はしない)、とても恐ろしい病気として描かれる事が多い。

が、"らい"というのが差別用語になっているため、それが何の病気に当たるのか、若い頃の私にはよく分からなかった。

この作品を読んで、どうやらそれがハンセン病である事が分かった。

ハンセン病は、らいの他にも、いろんな差別的な呼び方をされていたようだ。

それがこの作品の中で出てくる所があるので、私の中で長い間疑問符だった病名が、やっと落ち着くところに落ち着いたという感じだった。

厳密に言うと、昔はハンセン病以外の病気でもらいと言っていた事もあるらしいので、らい=ハンセン病という単純な図式は成り立たないらしい。

だが、多くの場合は、ハンセン病を指しているようだ。

現代用語では使用が禁じられる言葉でも、昔の作品を読めば、どうしても出てくる。

そういう本を読む事が多い人は、やっぱり私と同じ疑問を抱くんだろうな。

ちなみに、宮崎駿の『もののけ姫』の中に出てくる包帯をぐるぐる巻いた病人達も、やっぱりハンセン病なんだろうね。

とにかく昔の作品の中には、意外と多く登場してるから。
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Author:月野
現在、病気療養中の四十代の女性。
最近少し忙しいので、あまり記事も書けないし、コメントの返事も遅くなるかもしれません。
ですが、過去の記事にコメントいただけるのは嬉しいので、歓迎しています。

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