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ゲーテの作品を、もう一つ読んでいたのを思い出した。

『ファウスト』だ。

詳細はよく覚えていないが、これを読んだ時、いろんな文学作品の原点を垣間見るような気がしたものである。

たくさんの作家が、この作品を読んで影響を受けたのだろうと思わせる部分が、いっぱいあったような気がする。

が、私の記憶の中で一番印象に残っているのは、実は本編ではなくて、その本に挟まれていた"編集室から"という紙に書かれていた短文だ。

それによると、最近家庭の主婦たちの読書熱が高まってきており、三十人の女性が月一回集まっては、『ファウスト』を読み進めているという。

読み始めて一年半ほど経って、すでに第二部に入った・・・というところを読んで、「は?」と思ってしまった。

私もこの本は主婦になってから読んでいたのだが、いくらなんでも読み進めるのに、一年半経ってもまだ途中だというほど時間はかけなかった。

みんなで月一回だけ集まって読めば、そのくらい時間が掛かるかもしれないが、そんな調子じゃ次に集まった時には前回の内容を忘れているだろう。

毎回今までの復習をしてから読んでいく光景を想像して、「御苦労な事だ。」と何だかカラカラと笑ってしまった記憶がある。
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この作品の中の一部を抜粋する。


「たしかに、われわれは何事をも自分と比較し、自分を何事とも比較するようにできているのだから、幸とか不幸とかは、けっきょくはわれわれが自分を対比する対象次第のわけだ。

だから、孤独ほど危険なものはない。

われわれの想像力は、もともと高きを求めるものであるのに、さらに文学の空想的な幻影に煽られて、しらずしらずに存在の一系列をつくりあげてしまう。

そして、自分はその最下位にいるが、自分以外のものはもっとすぐれている、他人は誰でもずっと完全だ、と思いこむ。

これは自然の傾向だ。

われわれは、自分に多くのものが欠けていることをしきりに感ずるし、自分に欠けているものは他人が持っているような気がするものだ。

そればかりではない、自分の持っているものを全部他人に贈物にして、おまけに一種のこころよい理想化までする。

このようにして、幸福なる人間像ができあがるが、それはわれわれ自身が描きだした架空の幻にすぎない。」


話の筋はさておき、昔、私はこの文にひどく共感した。

思春期から感じた、自分に対する自信のなさ、自己評価の低さ・・・その答えの一つとして、この部分が私の中にすっぽりと納まった。

今では、それだけだとは思わないけれど、やはり強烈に焼き付いている部分だ。
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月野

Author:月野
現在、病気療養中の四十代の女性。
最近少し忙しいので、あまり記事も書けないし、コメントの返事も遅くなるかもしれません。
ですが、過去の記事にコメントいただけるのは嬉しいので、歓迎しています。

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