上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
line
「銅の煮湯を飲む娘」が、とうとうやり過ぎた。

寺社の収入を湯水のごとく使い果たしてしまったのだ。

収入は出してくれる人がいるからこそ、ある。

だがその出してもらったお金が、単なる浪費に使われている事が、長い時間の間にはばれない筈がない。

収入が絶え、関係者からお金を集めることができなくなった。

そうなれば狙ってくるのが、知り合いのところ。

猫なで声で、或は怒りの声で、知り合いからお金を巻き上げにかかるだろう。

用心しなければ・・・。
スポンサーサイト
line
久しぶりに記事を書くにあたって、たまには本のことも書かなくちゃなぁ・・・と思い、昔読んだ『今昔物語』の中の話を一つ。

『今昔物語』は今でいうショート・ショートみたいな短編の話の集まりで、その全部を読んだ訳ではないのだけれど、その中で忘れられないのが「銅の煮湯を飲む娘の話」。

話はこんな感じ。


ある役人の男が、大和の大安寺の寺務を取りしまる別当の娘といい仲になった。

ある日のこと、夜が明けても帰る気にならず、娘の横でうとうとと昼寝をしていた。

すると不意に家の中が騒がしくなり、何事かと覗いてみると、娘の父親の僧も、母親の尼さんも、果ては召使に至るまで、銀の鉢を捧げ持って何かを飲んでいる。

鉢の中にはドロドロに煮溶かした銅が入っていて、とても飲めるようではないような代物を自分から飲んでいるのだ。

娘も自分の横から起きだして、か細い哀れな泣き声を出しながら、それを飲みだした。

たちまち娘の目、耳、鼻から炎や煙が噴き出してくる。

「お客様にも差し上げなさい。」

という声と共に、自分の前にも銅の煮え湯の鉢が用意され、思わず震え上がったところで目が覚めた。

夢だったのだ。

しかし男は、

「別当は寺の収入を勝手に使える。

 そこでこの寺の連中は、ガツガツと何でも懐にしまい込む。

 その浅ましい所業のために、こんな夢を見たのだろう。」

と考え、娘に対する思いも消え失せ、その後とても信心深くなり、仏の供物をくすねるような事は絶対にしなかった、という話。


この話が、ある人物を思い出させて私には忘れられない。

人からもらったお金だと、

「人様から頂いたお金だから、大事に使わなければ。」と考える人と、

「人のお金だから、じゃんじゃん使わなくちゃ損。」と思う人がこの世にはいるんだろうが、その人物は明らかに後者。

お金を使う事には慣れているから、買う物のセンスがいい事は確かなんだけれどね・・・。
line
line

line
プロフィール

月野

Author:月野
現在、病気療養中の四十代の女性。
最近少し忙しいので、あまり記事も書けないし、コメントの返事も遅くなるかもしれません。
ですが、過去の記事にコメントいただけるのは嬉しいので、歓迎しています。

line
最新記事
line
最新コメント
line
カテゴリ
line
月別アーカイブ
line
最新トラックバック
line
sub_line
検索フォーム
line
リンク
line
RSSリンクの表示
line
Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

line
QRコード
QRコード
line
sub_line
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。