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昔見て、すごく面白くて、大好きになった映画『ニキータ』。

フランス映画なのに、アメリカ映画っぽい映像と内容。

でもやはりフランス、こまごましたところはアメリカっぽい感性とは違って、すごく良かった。

因みに、アメリカでもこの映画のリメイク版を作っている。

題名は『アサシン(暗殺者)』。

アメリカ版ではやっぱり分かりやすい展開になっていて、登場人物の微妙な心のひだの動きが見えなくなっていたような気がする。

やっぱりオリジナルのフランス版が一番だよねってずっと思っていたのだが、その『ニキータ』が少し前にテレビでやっていた。

喜んで見てみたのだが。。。

うーん・・・。


まず昔私が見たときは原語の映画で字幕だったのだが、それが吹き替え版になっていた。

すると、女主人公の女優さんのもともとの低くてガサガサだった声(失礼)が、日本の声優さんの高くてすごくきれいな声になってしまっていた。

それが登場人物の印象をガラリと変えてしまっていた。

声がきれいになると、人物まできれいになってしまったような印象になる。

女優さんがやっているんだから、それなりにきれいな人物設定でも良かったはずなのだが、初めに十代の役で登場した時から歳を取り過ぎていてとてもきれいに見えなかったし(十代には少し無理があったからしょうがなかったかもしれないが)、それに行動が美人のそれとはかけ離れていた。

で、おまけにひどい声(またまた失礼)。

はっきり言ってしまえば、私の中でその女主人公は全然美人ではなかったのだ。


それが、かなりの時間をおいて見て、えらいきれいな人のようになってしまっていて(「君はきれいだ。」とかいうセリフも、字幕の時より断然多くなっていて)、なんだか映画自体の面白みまで減ってしまった気がした。

全然きれいじゃない不良が、訓練で殺し屋になり、なのに優しい恋人を得られた話だと思っていたのに。

美人だったなら、殺し屋だろうが恋人なんかできて当然じゃん・・・そんな風に感じてしまった。

それで、つまらないと(笑)。


時間が経つと、昔面白いと思っていたものでも全然印象が違ってしまうもんなんですね。

他のコメディ映画でも、そういうのあったし。

好きだったものが、見直してみたらそうでもなかったというのは、ちょっぴり悲しい。
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原題は『ラストチャンス ハーヴィー』という映画を見ました。

CM作曲家のバツ1・中年男のハーヴィー。

別れた妻との間の一人娘の結婚式に出席するため、はるばるニューヨークからロンドンにやってきて、そこで婚期を逃して歳をとってきたケイトと出会い、彼女を口説き落とすまでの物語・・・と言っちゃうと何だか身もフタもないかな。

境遇は違えど同じような孤独を抱えた二人が、互いに惹かれあっていく物語・・・と言った方が、聞えがいいかもしれない。

だけど見ている限り、押せ押せなのはハーヴィーで、ケイトは常にその場からいなくなろうとしている感じ。

中年になっても、男が女を口説くという構図は変わりないのね・・・なーんて思っちゃいました。

ま、私から見てみれば孤独でも健康なら恋愛に支障はほとんどないも同じで、羨ましい限りですけどね(笑)。

でもどうせ口説かれるなら、もうちょっと若い人の方がケイトも良かったんじゃないかな。

大事な約束の時に不整脈で倒れて、結果来られなくなっちゃうような年代の人じゃちょっと・・・ね。

やっぱり若さって、それだけで魅力だよね。
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『ライフ・イズ・ビューティフル』を訳せば、「人生は美しい」。

もうちょっと日本語的にすれば、「美しきかな人生」とでもなるでしょうか。

まあそんな題名なので、当然ハッピーな映画かと思って見てみたのですが、意外や意外、境遇がとても悲惨な映画でした。


主人公は、イタリアにやってきた陽気なユダヤ人。

恋をして、持ち前のユーモアと機知でイタリア人の彼女の心を虜にし、息子が生まれる。

ここまでは明るく面白く、見ていてただただ楽しい感じでした。

ところがこの後から怪しくなってくる。

時代は、大戦の終わり頃。

ユダヤ人は、ドイツ軍によって収容所に送られてしまうのです。

主人公も息子も、主人公の叔父も、収容所行きの汽車に詰め込まれる。

それを知ったイタリア人の妻は、自分もその汽車に乗り込むという行動に出る。

収容所に着くと、男と女は別にされ、年取った叔父はすぐにシャワー室に送られる。

(シャワー室とは名ばかりの、ガス室なんですけどね。)

息子と一緒の主人公は、息子に決して真実を教えず、楽しいゲームを毎日やって千点取れれば本物の戦車がもらえると明るくふるまう。

息子がどんなに悲惨な事を聞いてきても、一切認めず、最後の最後まで息子のためにユーモアで乗り切る。

主人公は、どんなに悲惨な境遇にいても妻や息子に対する愛情を失う事はなく、それがこの映画を貫くテーマになっていましたね。

そのせいか、今まで映画で見たり本で読んだどんなユダヤ人収容所より、規律がゆるく、明るい収容所になっていました。

収容所に着いた時点で、大人と子供が別々にされない所って、本当にあったのでしょうか?

この映画のための特別演出なのかな。

でもそのおかげで、絶望的な状況下でも、希望を失わずに生きる家族を見る事が出来ました。

久々にいい映画を見たって感じです。


それにしても、ちょっとだけ疑問が。

『アンネの日記』の映画の中でもそうだったんですが、アンネの叔父さんが、アンネの隠れ家にやってきた事があったんです。

その頃はユダヤ人が外を出歩く事も出来なくなっていて、みんな口々に「どうやって来たの?」と叔父さんに尋ねます。

すると叔父さんは、

「なに、大したことはないさ。服に付けていたユダヤの星を外して、堂々と道を歩いてやって来たのさ。」

と答えるのです。

(えっ、ユダヤ人って、ヨーロッパの人でも見分ける事が出来ないの?!それじゃあ、自分でユダヤ人だって言わなければいいじゃん。)

って、思いません?

この映画の中でも、イタリア人の妻がユダヤ人じゃないと言われる場面もなかったし、正直ユダヤ人を見分ける事は、私にはできませんでした。

そういえば双子の男性が、一人はドイツ人として生き、一人はユダヤ人として生きた話も聞いた事があります。

全く同じ外見なのに。

そこら辺が、よく分からないなぁ。

迫害が始まったら、「ユダヤ人じゃありません。」って言えばいいんじゃないのでしょうか。

そんな単純にはいかないのかな。

長年抱いている疑問です。
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久しぶりに、映画館まで映画を見に行ってきた。

私の住んでいる所は、昔ながらの狭くてボロい映画館しかないような場所だったのだが、グランドシネマという大きな映画館が何年か前にできて、そこへ行ってきた。

グランドシネマ自体に入るのは二度目だったのだが、前回は入ってすぐにシアターがあり、中をあちらこちら見回せないでいたが、今回はシアターに行くまでにエレベーターあり、長い廊下ありで、「すごっ。映画館なのにこんなに大きいんだ!」と、ちょっぴり感動してしまいましたね。


さて本題の『アリス・イン・ワンダーランド』のお話。

ルイス・キャロルの書いた『不思議の国のアリス』の続きのお話という事で、アリスも成長しているし、マッドハッター(気違い帽子屋)もいい味出してるしで、内容はとても面白かった。

なかでも特に印象的だったキャラクターは、白の女王。

床の上を滑るように歩く姿といい、過剰なまでに手をヒラヒラさせる動作といい、味方のトップなのに綺麗なだけじゃなくて、面白さまでありましたね。

吹き替えの声は深田恭子がやっていました。

モテモテですね、彼女。


対する悪役のトップは、ハートの女王。

頭が異常なほど大きくて、そのコンプレックスからか、そばに置くお気に入りの近臣は、皆どこか異常に大きな者たちばかり。

敵役なのにそのコンプレックスを気にしている辺りが見えて、ちょっとばかり可哀そうになってしまいました。


映画が面白かったせいか、勢いで『不思議の国のアリス』のすごく詳しい解説付きの本まで読んでしまいました。

注釈までいろいろ読むと、また面白い発見があり、その事も書いてみたくなったが、とりあえず今日はここまで。

ぼちぼち書いていこうと思ってます。
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やれやれ、やっとこの映画を見る事が出来ました。

脚本家のタランティーノが悲劇で終わらせたかったこの映画を、監督のトニー・スコットが幸せな結末に作り変えたという話をどこかで聞いてからずっと見たいと思っていたのですが、なかなか体調も思うようにならず、長い月日の後にやっと見ました。

見ての一言の感想・・・面白かった。

主人公のクラレンスは、コミックショップで働く少々オタクな好青年。

彼が大好きなのがエルビスで、そのエルビスを女の子に向かって熱く語っているところから映画は始まる。

「エルビスは、タフでクールで突っ張ってて無鉄砲で、ぶっとく短く生きて、カッコ良く死んでいくんだ。

 ああいう男になりたい。

 俺の理想だ。」

クラレンスは、脚本家タランティーノの分身のようだ。

タランティーノは高校中退後、ビデオショップで働きながら脚本を書きためた。

その少々オタクな彼の理想が、全てこの映画に詰まってる感じ。

ヒロインのアラバマもそう。

コールガールとしてクラレンスと知り合ったけど、実はなったばかりで、誰とでも寝るようなハスッパじゃない。

本当はまともな女で、一度男を好きになったら、その人だけ・・・。

その二人が恋に落ち、とんでもない麻薬取引に巻き込まれながら、タフでクールで突っ張って無鉄砲に大金を手に入れ、最後には生き残って幸せになる。

「ぶっとく短く生きて、カッコ良く死んでいく」事は、叶わなくて良かった。

しかもラストのものすごい銃撃戦から、生き残れるはずもないのに突然生き残っていたというありがちな設定でもなく、混乱に乗じて、クラレンスが片目を失いながらも生き残る。

その自然さも良かった。

タランティーノは日本びいきだそうだが、『キル・ビル』のような変な日本の描写もなくて良かった。


おまけとして、主題歌になっている木琴をメインとした曲も、なかなかいい。

印象的だ。


さて最近少し映画を見始めたけど、次は何を見ようかな。

誰か、お勧めはありますか?
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プロフィール

月野

Author:月野
現在、病気療養中の四十代の女性。
最近少し忙しいので、あまり記事も書けないし、コメントの返事も遅くなるかもしれません。
ですが、過去の記事にコメントいただけるのは嬉しいので、歓迎しています。

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